音声認識編-01・Whisperで文字起こし

会議の時とかに議事録を取らなければいけないこと無いですか?
あとから見返すために非常に有用なのですが、議事録を取っていると会議の内容がぜんぜん頭に入ってこないし、ちょっと遅れてしまうと訳わかんなくなってその後取る気が失せちゃうんですよね。。。
そこでこれです。

Whisper
OpenAIがリリースした音声認識モデルです。
API版とOSS版があり、API版は使用量に応じての従量課金となっています。
従量課金と言っても1分で$0.006となっており、非常に格安です。
また、OSS版についてはなんと無料で使うことができます。マジ太っ腹。

こちらを活用して議事録はAIにお任せな状態を作っていきたいと思います。
また、例のごとくWhisperの処理はJetson AGX orinを使っていきます。ツカイタオシテヤルゼ!
目次

①今日のコンセプト

WhisperのOSS版についてはGitで公開されています。
こちらを使って文字起こしをします。
Whisperは音声ファイルを読み込ませることで文字起こしを行います。
Youtubeに夏目漱石の「こころ」の音読をされている動画があったため、そちらを使わせていただくことにしました。こころなら昔1回は呼んでいる(はず)なのでなんとなく内容もわかるだろうと。

また、Whisperは以下のようにモデルが複数用意されています。
大きいモデルほど正確な処理ができますが、VRAMの容量と処理に時間がかかることとなります。
モデルごとの処理時間の違いなども見ていきたいと思います。
SizeParametersEnglish-only modelMultilingual modelRequired VRAMRelative speed
tiny39 Mtiny.entiny~1 GB~32x
base74 Mbase.enbase~1 GB~16x
small244 Msmall.ensmall~2 GB~6x
medium769 Mmedium.enmedium~5 GB~2x
large1550 MN/Alarge~10 GB1x

②セットアップとか準備とか

Gitの通りにサクッとインストールしていきましょう。
pip install git+https://github.com/openai/whisper.git 
pip install --upgrade --no-deps --force-reinstall git+https://github.com/openai/whisper.git
念のため、最新版にするコマンドも打っておきます。
インストールが終わったら読み込ませる音声ファイルを用意します。
kokoro.mp3というファイルで以下のテキストが読み上げられています。
「上 先生と私」の「二」までですね。音声の長さは11分30秒となっています。

 わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間をはばかる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆をっても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字かしらもじなどはとても使う気にならない。
 私が先生と知り合いになったのは鎌倉かまくらである。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休暇を利用して海水浴に行った友達からぜひ来いという端書はがきを受け取ったので、私は多少の金を工面くめんして、出掛ける事にした。私は金の工面に三日さんちを費やした。ところが私が鎌倉に着いて三日とたないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。電報には母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった。友達はかねてから国元にいる親たちにすすまない結婚をいられていた。彼は現代の習慣からいうと結婚するにはあまり年が若過ぎた。それに肝心かんじんの当人が気に入らなかった。それで夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて東京の近くで遊んでいたのである。彼は電報を私に見せてどうしようと相談をした。私にはどうしていいか分らなかった。けれども実際彼の母が病気であるとすれば彼はもとより帰るべきはずであった。それで彼はとうとう帰る事になった。せっかく来た私は一人取り残された。
 学校の授業が始まるにはまだ大分だいぶ日数ひかずがあるので鎌倉におってもよし、帰ってもよいという境遇にいた私は、当分元の宿にまる覚悟をした。友達は中国のある資産家の息子むすこで金に不自由のない男であったけれども、学校が学校なのと年が年なので、生活の程度は私とそう変りもしなかった。したがって一人ひとりぼっちになった私は別に恰好かっこうな宿を探す面倒ももたなかったのである。
 宿は鎌倉でも辺鄙へんぴな方角にあった。玉突たまつきだのアイスクリームだのというハイカラなものには長いなわてを一つ越さなければ手が届かなかった。車で行っても二十銭は取られた。けれども個人の別荘はそこここにいくつでも建てられていた。それに海へはごく近いので海水浴をやるには至極便利な地位を占めていた。
 私は毎日海へはいりに出掛けた。古いくすぶり返った藁葺わらぶきあいだを通り抜けていそへ下りると、このへんにこれほどの都会人種が住んでいるかと思うほど、避暑に来た男や女で砂の上が動いていた。ある時は海の中が銭湯せんとうのように黒い頭でごちゃごちゃしている事もあった。その中に知った人を一人ももたない私も、こういうにぎやかな景色の中につつまれて、砂の上にそべってみたり、膝頭ひざがしらを波に打たしてそこいらをまわるのは愉快であった。
 私は実に先生をこの雑沓ざっとうあいだに見付け出したのである。その時海岸には掛茶屋かけぢゃやが二軒あった。私はふとした機会はずみからその一軒の方に行きれていた。長谷辺はせへんに大きな別荘を構えている人と違って、各自めいめいに専有の着換場きがえばこしらえていないここいらの避暑客には、ぜひともこうした共同着換所といったふうなものが必要なのであった。彼らはここで茶を飲み、ここで休息するほかに、ここで海水着を洗濯させたり、ここでしおはゆい身体からだを清めたり、ここへ帽子やかさを預けたりするのである。海水着を持たない私にも持物を盗まれる恐れはあったので、私は海へはいるたびにその茶屋へ一切いっさいてる事にしていた。

 わたくしがその掛茶屋で先生を見た時は、先生がちょうど着物を脱いでこれから海へ入ろうとするところであった。私はその時反対にれた身体からだを風に吹かして水から上がって来た。二人のあいだには目をさえぎる幾多の黒い頭が動いていた。特別の事情のない限り、私はついに先生を見逃したかも知れなかった。それほど浜辺が混雑し、それほど私の頭が放漫ほうまんであったにもかかわらず、私がすぐ先生を見付け出したのは、先生が一人の西洋人をれていたからである。
 その西洋人の優れて白い皮膚の色が、掛茶屋へ入るやいなや、すぐ私の注意をいた。純粋の日本の浴衣ゆかたを着ていた彼は、それを床几しょうぎの上にすぽりとほうり出したまま、腕組みをして海の方を向いて立っていた。彼は我々の穿猿股さるまた一つのほか何物も肌に着けていなかった。私にはそれが第一不思議だった。私はその二日前に由井ゆいはままで行って、砂の上にしゃがみながら、長い間西洋人の海へ入る様子をながめていた。私のしりをおろした所は少し小高い丘の上で、そのすぐわきがホテルの裏口になっていたので、私のじっとしているあいだに、大分だいぶ多くの男が塩を浴びに出て来たが、いずれも胴と腕とももは出していなかった。女は殊更ことさら肉を隠しがちであった。大抵は頭に護謨製ゴムせい頭巾ずきんかぶって、海老茶えびちゃこんあいの色を波間に浮かしていた。そういう有様を目撃したばかりの私のには、猿股一つで済ましてみんなの前に立っているこの西洋人がいかにも珍しく見えた。
 彼はやがて自分のわきを顧みて、そこにこごんでいる日本人に、一言ひとこと二言ふたことなにかいった。その日本人は砂の上に落ちた手拭てぬぐいを拾い上げているところであったが、それを取り上げるや否や、すぐ頭を包んで、海の方へ歩き出した。その人がすなわち先生であった。
 私は単に好奇心のために、並んで浜辺を下りて行く二人の後姿うしろすがたを見守っていた。すると彼らは真直まっすぐに波の中に足を踏み込んだ。そうして遠浅とおあさ磯近いそちかくにわいわい騒いでいる多人数たにんずあいだを通り抜けて、比較的広々した所へ来ると、二人とも泳ぎ出した。彼らの頭が小さく見えるまで沖の方へ向いて行った。それから引き返してまた一直線に浜辺まで戻って来た。掛茶屋へ帰ると、井戸の水も浴びずに、すぐ身体からだいて着物を着て、さっさとどこへか行ってしまった。
 彼らの出て行ったあと、私はやはり元の床几しょうぎに腰をおろして烟草タバコを吹かしていた。その時私はぽかんとしながら先生の事を考えた。どうもどこかで見た事のある顔のように思われてならなかった。しかしどうしてもいつどこで会った人かおもい出せずにしまった。
 その時の私は屈托くったくがないというよりむしろ無聊ぶりょうに苦しんでいた。それで翌日あくるひもまた先生に会った時刻を見計らって、わざわざ掛茶屋かけぢゃやまで出かけてみた。すると西洋人は来ないで先生一人麦藁帽むぎわらぼうかぶってやって来た。先生は眼鏡めがねをとって台の上に置いて、すぐ手拭てぬぐいで頭を包んで、すたすた浜を下りて行った。先生が昨日きのうのように騒がしい浴客よくかくの中を通り抜けて、一人で泳ぎ出した時、私は急にそのあとが追い掛けたくなった。私は浅い水を頭の上まではねかして相当の深さの所まで来て、そこから先生を目標めじるし抜手ぬきでを切った。すると先生は昨日と違って、一種の弧線こせんえがいて、妙な方向から岸の方へ帰り始めた。それで私の目的はついに達せられなかった。私がおかへ上がってしずくの垂れる手を振りながら掛茶屋に入ると、先生はもうちゃんと着物を着て入れ違いに外へ出て行った。

③文字起こしの実行

文字起こしのタイムを測っていきたいのですが、最初にモデルのダウンロードが入るため、最初にすべてのモデルのデータを落としてキャンセルし、改めて実行していきます。
実行するのは以下のコマンドです。
whisper kokoro.mp3 --language Japanese --model tiny
--modelの後を書き換えてモデルを指定していきます。
また、初回実行時に上記コマンドのままやったところ、5種類(txt,vtt,srt,tsv,json)のファイルが出力されました。なので出力形式はしてしてあげたほうがいいですね。とりあえずテキスト(.txt)かTSV(.tsv)にしておけば見やすそうです。
また、出力したファイルがごっちゃになっても嫌なのでディレクトリに入れるように出力先も指定するようにします。あとはコマンドを実行したらスマホのストップウォッチで時間の計測を開始。終わったら止めるという形で進めます。
※手計測なので誤差はご愛嬌ということで、、、

③-01. tiny

whisper kokoro.mp3 --language Japanese --model tiny -o tiny --output_format txt
実行時間は2分9秒でした。
↓ 文字起こしの内容 ↓
tinyの文字起こし

心、夏メソーセキ、情、先生と私、一、私はその人を常に先生と呼んでいた、だからここでもただ先生と書くだけで本味を合うちやけない。
これは、背景を幅かる演略というよりもその方が私にとって自然だからである。
私はその人の記憶を呼び起こす事に、すぐ、先生と言いたくなる。
複で音っても心も違う同じ事である。
予想予想欲しいカシラモジなどは、とても使う気にならない。
私が先生と知り合いになったのは、構くらである。
その時私はまだわかわかしい証明であった。
初中級化を利用して解析よくに行った友達から、ぜひ恋という話が記憶を受け取ったので、私は多少の金を組めんして出かける事にした。
私は金の組みに二三地をついやした。
ところが私が構くらについて、みっかとたたないうちに、私を呼び寄せた友達は急に国元から帰れと言う伝方を受け取った。
伝方には母が病気だからと言わってあったけれども、友達はそれを信じなかった。
友達は金でから国元に色々やたちにすすまない結婚を知られていた。
彼は現代の習慣から言うと結婚するにはあまり年が分かすぎた。
それに、漢人の途人が気に入らなかった。
それで夏休みに当然帰るべきところを、わざとさけて東京の近くで遊んでいたのである。
彼は電報を私に見せて、どうしようと相談をした。
私にはどうしていいか分からなかった。
けれども、実際彼の母が病気であるとすれば、彼は元より帰るべきはずであった。
それで彼は途と帰ることになった。
せっかく来た私は一人取り残された。
学校の事業が始まるにはまだだいぶひかずがあるので、かまくらによってもよし、
帰ってもよいという強く似た私は、多分元のやどに止まる確認をした。
友達は中国のある視産家の息子で、金に不自由のない男であったけれども、
学校が学校なのと年が年なので、生活の程度は私とそう変わりもしなかった。
下がって、ひとりぼっちになった私は、別に学校なやどを探す面倒ももたなかったのである。
やどは、かまくらでも変異な方がくにあった。
たまつきだのはアイスクリームだのと言うはいからの者には、長い名は手をひとつこさなければ手が届かなかった。
車で一手も20線は取られた。
それに、海へは5口かいので、海水横をやるには死ぬく便利な治療しめていた。
私は毎日海へ入りに出かけた。
フルイックスブリカエッタワラブキの間を通り抜けていそうへ降りると、
この辺に、これほどの都会人士が住んでいるかと思うほど、一緒に来た男や女で、つなの上が動いていた。
ある時は、海の中が戦闘のように黒い頭でごちゃごちゃしていることもあった。
その中に知った人をひとりも持たない私も、こういう人にやかな景色の中につつまれて、つなの上に寝そべって見たり、
ひざが知らを涙に歌して、そこ以らを羽まわるのは、勇怪であった。
私は実に先生を、この雑頭の間に見つけ出したのである。
その時替えがには、かけジャヤが2回があった。
私は太したはずみから、その1回の方に行き慣れていた。
前に大きなベッソを構えている人と違って、名目に戦予の機会場を越しらえていない、ここ以らの一緒客には、
ぜひともこうした、共同機会場といったふうなものが必要なのであった。
彼らはここで茶を飲み、ここで急速するほかに、ここで回す意義を選択させたり、ここで仕様はよい体を消えたり、
ここへ防止アカサを預けたりするのである。
回す意義を持たない私にも、持ち物を抜つまれる恐れはあったので、
私は海へ入る旅に、その茶屋へ一災を抜き捨てることにしていた。
2。
私がそのかけジャヤで先生を見た時は、先生がちょうど気物を抜いて、
これから海へ入ろうとするところであった。
私はその時反対に、抜れた体を風に深して、水から上がってきた。
二人の間には、目を災にる、行く他の黒い頭が動いていた。
特別の事業のないかにり、私は、ついに先生を見逃したかもしれなかった。
それほどはまべが混雑し、それほど私の頭が法万であったにも関わらず、
私が、すぐ先生を見つけたしたのは、先生が一人の性用人を連れていたからである。
その性用人の、すぐれて白いひふの色が、かけジャヤへ入るやいなや、すぐ私の注意を引いた。
銃水の日本の行方を来ていた彼は、それを正義の上にスポリト法律だしたまま、腕組みをして海の方を向いてたっていた。
彼は、我々の白さるまた一つのほか、何ものも肌につけていなかった。
私には、それが大一不思議だった。
私は、その2つか前に、ユイガハマまで行って、つなの上に仕上がみながら、長い間、性用人の、海へ入る様子を長めていた。
私の白いおろしたところは、少しこだかいおかの上で、そのすぐはきが、ホテルの裏口になっていたので、私の実としている間に、だいぶ多くの男が仕様を払びに出てきたが、いずれも、
ほとうでとももは、出していなかった。
女は、ことさらに行くを隠しがちであった。
体定は、頭にゴム性の尽きにおかぶって、エビ茶や、コンや、愛の色を涙に浮かしていた。
そういうアリサマを目的したばかりの私の目には、さるまたひとつで住まして、みんなの前に立っているこの性用人が、いかにも珍しく見えた。
彼はやがて、自分の訳を帰りみて、そこにこゴンディルにポンジンに、ひとことふたことを何かいった。
その日ポンジンは、つなの上に落ちた手抜いを広い上げているところであったが、それを取り上げるやいなや、すぐ頭を包んで、うみの方へ歩き出した。
その人が、つなわち、先生であった。
私は、単に効き震のために、並んで幅を降りていく二人の後ろす方を見守っていた。
すると彼らは、まっすぐに、涙の中に足を踏み込んだ。
そして、頭はさの一層近くに、外売さわいているタニンズの間を通り抜けて、ひたくてきひろびろしたところへ来ると、二人ともを呼び出した。
彼らの頭が小さく見えるまで、お気の方へ向いていった。
それから引き返して、また一直線に浜べまで戻ってきた。
駆けジャヤへ帰ると、移動の水も浴びずに、すぐ体を吹いて、きものを起きて、ささとどこかへ行ってしまった。
彼らの出ていった後、私は、やはり、元の正義に押しようおろして、たばこを深していた。
その時はたくしは、ポカンとしながら、先生のことを考えた。
どうも、どこかで見たことのある顔のように思われてならなかった。
しかし、どうしても、いつどこであった人か思い出せずにしまった。
その時の私は、くったくないというよりむしろ、無料に苦しんでいた。
それで、悪日もまた、先生にあった事故を見測らって、わざわざかけジャヤまででかけてみた。
すると、性用人はこないで、先生ひとり、むに笑ぼをかぶってやってきた。
先生は、目がねを取って大の上に置いて、すぐ手ぬぐいで頭をつつんで、スタスタはまを置りていった。
先生が、機能のように触らなし、よくかくの中を通り抜けて、ひとりでおよぎだした時、私は、急にその後が追いかけたくなった。
私は、朝いにずを頭の上まで離れかして、相当の深さのところまで来て、そこから、先生を目受るしに抜き出起きた。
すると先生は、機能と違って、一緒の構成を描いて、みような方向から、機能方へ帰り始めた。
それで、私の目的は、ついに立せられなかった。
私がおかえ上がって、静くのタレル手を振りながらかけジャヤに入ると、先生は、もうちゃんと気持の起きて、いでちがいに、外へ出て、

③-02. base

whisper kokoro.mp3 --language Japanese --model base -o base --output_format txt
実行時間は2分38秒でした。
↓ 文字起こしの内容 ↓
baseの文字起こし

心 夏目相積 上 先生と私 イチ
私はその人を常に先生と読んでいた だからここでもただ先生と
書くだけで本命は打ち焼けない これは世間を幅かる遠慮というよりも
その方が私にとって自然だからである 私はその人の記憶を呼び起こす
ごとにすぐ先生と言いたくなる 複手をとっても心持ちは同じこと
である 予想予想しい菓子ラモジなどは とても使う気にならない
私が先生と知り合いになったのは かまくらである
その時私はまだ若々しい書声であった 初中級化を利用して改正力に行った
友達から是非恋というハガキを受け取った ので私は多少の金を
くめんして出かけることにした 私は金のくめんに二三地をつい
やしたところが私がかまくらに ついて三っかと立たないうちに私を呼び
寄せた友達は急に国元から帰れ という伝方を受け取った伝方には
母が病気だからと言わってあった けれども友達はそれを信じなかった
友達は金手から国元に色をやたち に進まない結婚を知られていた
彼は現代の習慣から言うと結婚 するにはあまり年が分かすぎた
それに漢人の透認が気に入らなかった それで夏休みに当然帰るべき
ところをわざとさけて東京の近く で遊んでいたのである彼は
伝方を私に見せてどうしよう と相談をした私にはどうしていいか
わからなかったけれども実際彼の 母が病気であるとすれば彼は元より
帰るべきはずであった それで彼はとうとう帰ることになった
せっかく来た私は一人取り残された 学校の授業が始まるにはまだ
だいぶひかずがあるのでかまくら におってもよし帰ってもよいという
恐怖にいた私は党文元のやどに止まる 覚悟をした友達は中国の
あるし参加の息子で金に不自由 のない男であったけれども学校が
学校なのと年が年なので生活 の程度は私とそう変わりもしなかった
下がって一人ぼっちになった私は別 に学校のやどを探す面倒ももた
なかったのであるやどはかまくら でも変畑な法学にあった
まつきなのアイスクリームだのという 背からのものには長い名は手を
一つこさなければ手が届かなかった 車で行っても二十戦は取られた
けれども個人の別総はそここに いくつでも立てられていたそれ
に海へはごく近いので改正欲を やるにはしごく便利な地位を閉めて
た私は毎日海へ入りに出かけ た古いくすぶり帰った笑ぶきの間を
通り抜けて急いを降りるとこの辺 にこれほどの都会人種が住んでいる
かと思うほど一緒に来た男や女 で繋の上が動いていたある時は海
の中が戦闘のように黒い頭 でごちゃごちゃしていることもあった
の中に知った人を一人も持たない 私もこういう人にやかな景色の
中に包まれて素直の上に寝そべって みたりひざがしらを涙に
打たしてそこいらを羽まわるのは ゆかいであった
私は実に先生をこのざっとう の間に見つけ出したのである
その時会側には駆けじゃやが2系があった
くしはふとしたはずみからその 一件の方にいきなれていた
ハセ編に大きな別草を構えている 人と違って明明に戦友の気がえば
をこしらえていないここいらの 視聴客にはぜひともこうした共同
を気がいじょといったふうなもの が必要なのであった
彼らはここで茶を飲みここで急速 する他にここで海水浴を選択
させたりここで使用速い体を 気をめたりここへ防止やかさを
預けたりするのである 海水に重たない私にも持ち物を
温まれる恐れはあったので私は海へ 入るたびにその茶やへ一歳を
抜き捨てることにしていた 2
私がそのかけじゃやで先生 を見た時は先生がちょうどき物を
抜いでこれから海へ入ろうとする ところであった私はその時反対
に塗れた体を風に深して水から 上がってきた二人の間には目を
再にるいくたの黒い頭が動いていた 特別の事情のないかにり私
はついに先生を見逃したかもし れなかったそれほど浜べが混雑
しそれほど私の頭が放慢 であったにもかかわらず私がすぐ
先生を見つけ出したのは先生 が一人の生養人を連れていたから
であるその生養人のすぐれて白い 皮膚の色がかけじゃやへ入る
やいなやすぐ私の注意を引いた 純粋の日本の夕方を着ていた
彼はそれを正義の上にスポリと 放り出したまま腕組みをして海
の方を向いて立っていた彼は我々の 白さるまた一つの他何者も
肌につけていなかった 私にはそれが大一不思議だった
私はそのふつか前に夕いが浜 まだいってつなの上にしゃがみながら
長い間生養人の海へ入る様子 を眺めていた私の知りを下ろした
ところは少し小高い岡の上でその すぐはきがホテルの裏口になって
いたので私のじっとしている間に 大部多くの男が使用を浴びに出
てきたがいずれもどうと腕ともも は出していなかった女はことさら
肉を隠しがちであった大帝は頭に ゴム製のづきんをかぶってエビチャ
やコンや愛の色を涙に浮かして いたそういうありさまを目撃したばかり
の私の目にはさるまた一つ ですましてみんなの前に立っている
この製養人がいかにも珍しく見え た彼はやがて自分の訳を帰り
見てそこにここんでいる日本人 に一言ふたこと何かいったその日本人
はつなの上に落ちた手のぐい を広いあげているところであったがそれ
を取り上げるやいなやすぐ頭 をつつんで海の方へ歩き出した
この人がつなわち先生であった 私は単に効きしんのために
並んで浜べを降りていく二人の 後ろ姿を見守っていたすると彼ら
は真っすぐに波の中に足を踏み 込んだそうして東朝の急近に
ワイワイ沢いでいるタニンズ の間を通り抜けて比較的広々ろしたところ
へ来ると二人とも呼び出した 彼らの頭が小さく見えるまで
起きの方へ向いていったそれから 引き返してまた一直線に浜べまで
戻ってきたかけじゃやへ帰ると 移動の水も浴びずにすぐ体を吹いて
きもの起きてさっさとどこかへ行って しまった彼らの出ていった後
私はやはり元の正義に腰をろして たばこを深していたその時私は
ぽかんとしながら先生のことを 考えたどうもどこかで見たことの
ある顔のように思われてならなかった しかしどうしてもいつどこで
あった人か思い出せずにしまった その時の私はくったくがないという
よりむしろ無料に苦しんでいた それで悪る日もまた先生にあった
時刻を見計らってわざわざかけじゃや まて出かけてみたすると正応
人はこないで先生ひとりむにわらぼう をかぶってやってきた先生は
目がねをとって大の上においてすぐ 手のぐいで頭を包んでつたす
た浜を降りていった先生が昨日の ように騒がしい翌核の中を通り抜けて
ひとりでおよぎ出した時私は急 にその後が追いかけたくなった
私は朝いみずを頭の上まで羽根かして 相当の深さのところまできて
そこから先生をめじるしに抜きでおきった すると先生は昨日と違って一
週の個戦を描いて妙な方向から 木の方へ帰り始めた
それで私の目的はついに足せられ なかった私がおかえ上がって
静くのたれる手を振りながら かけじゃやに入ると先生はもうちゃんと
おきものを着ていでちがいに外へ 出て

③-03. small

whisper kokoro.mp3 --language Japanese --model small -o small --output_format txt
実行時間は4分20秒でした。
↓ 文字起こしの内容 ↓
smallの文字起こし

心 夏目蒼積 常 先生と私 一
私はその人を常に先生と呼んで いた だからここでもただ先生と書く
だけで本妙は打ち明けない これは世間を羽ばかる遠慮という
よりもそのほうが私にとって 自然だからである
私はその人の記憶を呼び起こす ことにすぐ先生と言いたくなる
筆をとっても心持ちは同じこと であるよそよそしいかしら文字
などはとても使う気にならない 私が先生と知り合いになったのは
鎌倉である その時私はまだ若々しい
初生であった初中休暇を利用して 海水浴に行った友達からぜひ恋
という葉書を受け取ったので私は 多少の金を区面して出かける
ことにした私は金の区面に二三 地をついやしたところが私が鎌倉
について三日と立たないうちに 私を呼び寄せた友達は急に国元
から帰れという伝法を受け取った 伝法には母が病気だからと断って
あったけれども友達はそれを信じ なかった友達は兼ねてから国元
にいる親たちに進まない結婚を 強いられていた彼は現代の週間
から言うと結婚するにはあまり 年が若すぎたそれに漢人の当人
が気にいらなかったそれで夏休み に当然帰るべきところをわざと
避けて東京の近くで遊んでいた のである彼は伝法を私に見せて
どうしようと相談をした私にはどう していいかわからなかったけれども
実際彼の母が病気であるとすれば 彼は元より帰るべきはずであった
それで彼はとうとう帰ることになった せっかく来た私は一人取り残された
学校の授業が始まるにはまだだい ぶひかずがあるのでかまくらに
追っても良し帰っても良いという 競遇にいた私は当分元の宿に泊まる
覚悟をした友達は中国のある氏 参加の息子で金に不自由のない
男であったけれども学校が学校 なのと年が年なので生活の程度
は私とそう変わりもしなかった したがって一人ぼっちになった
私は別に格好な宿を探す面倒も 持たなかったのである宿はかまくら
でも返秘な方角にあった玉つき だのアイスクリームだのという
廃からの者には長い縄手を一 つ越さなければ手が届かなかった
車で行っても二十線は取られた けれども個人の別装はそこここに
幾つでも建てられていたそれに 海へはごく近いので海水翼をやる
には四国便利な地位を占めて いた私は毎日海へ入りに出かけ
だ古いくすぶりかえった割ぶき の間を通り抜けて急へ降りる
とこのへんにこれほどの都会人種 が住んでいるかと思うほど秘書
に来た男や女で砂の上が動いて いたある時は海の中が戦闘のように
黒い頭でごちゃごちゃしている こともあったその中に知った人
を一人も持たない私もこういう 賑やかな景色の中に包まれて砂
の上に寝そべってみたり膝頭を 波に打たしてそこいらをはねまわ
るのは愉快であった私は実に 先生をこの雑頭の間に見つけ
出したのであるその時海岸には 駆けじゃやが二軒があった私は
ふとしたはずみからその一軒の方 に生き慣れていたはせへんに大きな
別装を構えている人とちがって 明々に戦友の着替え場をこしら
えていない黒いらの秘書客には ぜひともこうした共同着替え所
といったふうなものが必要なので あった彼らはここで茶を飲みここ
で急速するほかにここで海水着 を選択させたりここで塩はゆい
体を極めたりここへ帽子や傘 を預けたりするのである海水に
を持たない私にも持物を盗まれる おそれはあったので私は海へ入る
度にその茶屋へ一切を脱ぎ捨てる ことにしていた
二私がその駆けじゃやで先生を 見た時は先生がちょうど着物を
脱いでこれから海へ入ろうとする ところであった
私はその時反対に濡れた体を風に 吹かして自ら上がってきた
二人の間には目をさえぎる幾多 の黒い頭が動いていた
特別の事情のない限り私はつい に先生を見逃したかもしれなかった
それほど浜辺が混雑しそれほど 私の頭が泡漫であったにもかかわらず
私がすぐ先生を見つけ出したのは 先生が一人の西洋人を連れていた
からであるその西洋人の優れて 白い皮膚の色が駆けじゃやえ入る
やいなやすぐ私の注意を引いた 純粋の日本の浴衣を着ていた彼
はそれを正義の上にスポリと 放り出したまま腕組みをして海
の方を向いて立っていた彼は我々 の白さるまた一つのほか何者も
肌につけていなかった私にはそれ が第一不思議だった私はその二
日前にゆいがはままで行って砂 の上にしゃがみながら長い間西洋
人の海へ入る様子を眺めていた 私の尻を下ろしたところは少し
小高い丘の上でそのすぐ脇がホテル の裏口になっていたので私の
じっとしている間にだいぶ多くの 男が塩を浴びに出てきたがいずれ
も銅と腕と桃は出していなかった 女はことさら肉を隠しがちであった
手は頭にゴム製のずきんをかぶ ってエビ茶やコンやアイの色を
なみまに浮かしていた そういうありさまを目撃した
ばかりの私の目にはさるまた一 つで済ましてみんなの前に立って
いるこの西洋人がいかにも珍しく 見えた彼はやがて自分の脇を帰り
みてそこにこごんでいる日本人 に一言二言何か言ったその日本人
は砂の上に落ちた手ぬぐいを拾い 上げているところであったがそれ
を取り上げるや否やすぐ頭を包ん で海の方へ歩き出したその人が
砂はち先生であった 私は単に好奇心のために並んで
浜辺を降りていく二人の後ろ姿を 見守っていたすると彼らは真っすぐ
に波の中に足を踏み込んだ そうして遠朝の位置近くにわいわい
騒いでいる他人数の間を通り抜けて 比較的広びろしたところへ来る
と二人とも泳ぎ出した 彼らの頭が小さく見えるまで沖
の方へ向いていったそれから引き 返してまた一直線に浜辺まで戻って
来た駆けじゃやへ帰ると井戸の 水も浴びずにすぐ体を吹いて
着物を着てさっさとどこかへ行って しまった彼らの出ていった後私
はやはり元の正義に腰を下ろして タバコをふかしていたその時私
はぽかんとしながら先生のことを 考えたどうもどこかで見たことの
ある顔のように思われてならなかった しかしどうしてもいつどこであった
人か思い出せずにしまった その時の私はくったくがない
というよりむしろ無料に苦しんで いたそれであくる日もまた先生
にあった時刻を見図らってわざわざ 駆けじゃやまで出かけてみたする
と正義用人は来ないで先生一人 麦わらぼうを被ってやって来た
ではメガネをとって台の上において すぐ手ぬぐいで頭を包んでつた
すた浜を降りていった先生が 昨日のように騒がしい欲角の中を
通り抜けて一人で泳ぎ出した時 私は急にその後が追いかけたく
なった私は浅い水を頭の上まで 跳ねかして相当の深さの所まで
きてそこから先生を目印に抜き で起きったすると先生は昨日と
違って一種の個線を描いて妙な 方向から岸の方へ帰り始めた
それで私の目的はついに達せられ なかった私がおかえあがってしず
づくの垂れる手を振りながら駆け じゃやに入ると先生はもうちゃん
と着物を着て入れ違いに外へ出て 来た

③-04. medium

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実行時間は7分18秒でした。
↓ 文字起こしの内容 ↓
mediumの文字起こし

心 夏目漱石
上 先生と私
一 私はその人を常に先生と呼んで
いただからここでもただ先生 と書くだけで本名は打ち明けない
それは世間をはばかる遠慮という よりもその方が私にとって自然
だからである私はその人の記憶 を呼び起こすごとにすぐ先生と
言いたくなる筆をとっても心持 は同じことであるよそよそしい
頭文字などはとても使う気になら ない私が先生と知り合いになった
のは鎌倉であるその時私はまだ 若々しい書生であった初中休暇
を利用して海水浴に行った友達 からぜひ来いというはがきを受
私は多少の金を区免して出かける ことにした私は金の区免に二三
千を費やしたところが私が鎌倉 について三日と経たないうちに
私を呼び寄せた友達は急に国元 から帰れという伝報を受け取った
友には母が病気だからと断って あったけれども友達はそれを信
じなかった友達はかねてから国元 にいる親たちに進まない結婚を
強いられていた彼は現代の習慣 から言うと結婚するにはあまり
歳が若すぎたそれに肝心の当人 が気にいらなかったそれで夏休
に当然帰るべきところをわざ と避けて東京の近くで遊んでいた
のである彼は伝報を私に見せて どうしようと相談をした私には
どうしていいかわからなかった けれども実際彼の母が病気である
とすれば彼はもとより帰るべき はずであったそれで彼はとうとう
帰ることになったせっかく来た 私は一人とり残された学校の授業
が始まるにはまだだいぶひかず があるので鎌倉におってもよし
帰ってもよいという境遇にいた 私は当分もとの宿に泊まる覚悟
をした友達は中国のある子参加 の息子でかねに不自由のない男
であったけれども学校が学校なの と歳が歳なので生活の程度は私
とそうかわりもしなかったしたが って一人ぼっちになった私は別
に格好な宿を探す面倒も持たなかった のである宿は鎌倉でも返避な方
にあった玉つきだのアイスクリーム だのというハイカラのものには
長い縄手を一つこさなければ手が 届かなかった車で行っても二十
千は取られたけれども個人の別荘 はそこここに幾つでも建てられて
いたそれに海へはごく近いので 海水浴をやるにはしごく便利な
地位を占めていた私は毎日海へ 入りに出かけた古いくすぶり返
ったわらぶきの間を通り抜けて 磯へ降りるとこの辺にこれほど
の都会人種が住んでいるかと思う ほど秘書に来た男や女で砂の上
が動いていたある時は海の中が 銭湯のように黒い頭でごちゃごちゃ
している事もあったその中に知った 人を一人も持たない私もこういう
賑やかな景色の中に包まれて砂 の上に寝そべって見たり膝頭を
波に打たしてそこいらを跳ねまわる のは愉快であった私は実に先生
をこの雑踏ざっとうの間に見つけ だしたのであるその時海岸には
かけじゃやが二軒あった私はふと したはずみからその一軒の方に
行き慣れていたはせへんに大きな 別荘を構えている人と違って
銘々に先遊の着替え場をこしら えていないここいらの秘書客には
ぜひともこうした共同着替え所 と云ったふうなものが必要なので
あった彼らはここで茶を飲みここ で休息するほかにここで海水着
を洗濯させたりここで潮はゆい 体をきよめたりここへ帽子や傘
を預けたりするのである海水着 を持たない私にも持物を盗まれる
恐れはあったので私は海へ入る 度にその茶屋へ一切を脱ぎ捨てる
ことにしていた 二
私がその掛けじゃやで先生を見た 時は先生がちょうど着物を脱い
でこれから海へ入ろうとするところ であった私はその時反対に濡れた
体を風に吹かして水から上って きた二人の間には目をさえぎる
幾多の黒い頭が動いていた特別 の事情のない限り私はついに
先生を見逃したかもしれなかった それほど浜辺が混雑しそれほど
私の頭が豊満ほうまんであった にもかかわらず私がすぐ先生を
見つけ出したのは先生が一人の 西洋人を連れていたからである
この西洋人の優れて白い皮膚の 色が掛けじゃやへ入るや否やすぐ
私の注意をひいた純粋の日本の浴衣 を着ていた彼はそれを衝技の上
にすぽりと放り出したまま腕組 をして海のほうを向いて立って
いた彼は我々の履さる股ひとつ のほか何者も肌につけていなかった
私にはそれが第一不思議だった 私はその二日前に唯賀浜まで行って
砂の上にしゃがみながら長い間 西洋人の海へ入る様子を眺めて
いた私の尻を下ろしたところは 少し小高い丘の上でそのすぐ脇
がホテルの裏口になっていたので 私のじっとしている間に大分多く
の男が潮を浴びに出てきたがいずれ も胴と腕とももは出していなかった
女はことさら肉を隠しがちであった 大抵は頭にゴム製の図巾をかぶ
って海老茶や昆や愛の色を波間 に浮かしていたそういう有様を
目撃したばかりの私の眼には猿 またひとつですましてみんなの
前に立っているこの西洋人がいか にも珍しく見えた彼はやがて自分
の脇を帰りみてそこに拱んでいる 日本人に一言二言何か言ったその
日本人は砂の上に落ちた手ぬぐい を拾い上げているところであった
がそれを取り上げるや否やすぐ 頭を包んで海の方へ歩き出した
この人がすなわち先生であった 私は単に好奇心のために並んで
浜辺を降りて行く二人の後ろ姿 を見守っていたすると彼らはまっ
すぐに波の中に足を踏み込んだ そうして遠浅の伊蘇近くにわいわい
騒いでいる他人図の間を通り抜けて 比較的ひろびろしたところへ来る
と二人とも泳ぎ出した彼らの頭 が小さく見えるまで沖の方へ向
いて行ったそれから引き返して また一直線に浜辺まで戻ってきた
かけじゃやへ帰ると井戸の水も浴び ずにすぐ体を拭いて着物を着て
さっさとどこかへ行ってしまった 彼らの出て行った後私はやはり
元の正義に腰を下ろして煙草を 吹かしていたその時私はぽかんと
しながら先生のことを考えたどうも どこかで見たことのある顔のように
思われてならなかったしかしどう してもいつどこで会った人か思い
出せずにしまったその時の私は くったくがないというよりむしろ
無良に苦しんでいたそれであくる 日もまた先生に会った時刻を見
はからってわざわざかけじゃやまで 出かけてみたすると西洋人は来
とないで先生ひとり麦わら棒を かぶってやって来た先生は眼鏡
をとって台の上に置いてすぐ手 拭いで頭をつつんですたすた浜
を降りて行った先生が昨日のように さわがしい浴角の中を通り抜けて
ひとりで泳ぎ出した時私は急に その後が追いかけたくなった私
は浅い水を頭の上まで跳かして 相当の深さのところまで来てそこ
から先生を目印に抜き出を切った すると先生は昨日と違って一種
の古線を描いて妙な方向から岸 の方へ帰り始めたそれで私の目的
はついに達せられなかった私が おかえあがって雫のたれる手を
振りながらかけじゃやに入ると 先生はもうちゃんと着物を着て
入れ違いに外へ出て来た

③-05. large

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実行時間は11分41秒でした。
↓ 文字起こしの内容 ↓
largeの文字起こし

心 夏目漱石
上 先生とわたくし
一 わたくしはその人を常に先生と
呼んでいただからここでもただ 先生と書くだけで本名は打明けない
それは世間をはばかる遠慮という よりもそのほうがわたくしにとって
自然だからであるわたくしはその 人の記憶を呼び起すごとにすぐ
先生と言いたくなる筆をとっても 心持ちは同じことであるよそよ
そしい頭文字などはとても使う 気にならない
わたくしが先生と知り合いになった のは鎌倉であるその時わたくし
はまだ若々しい書生であった初中 休暇を利用して海水浴に行った
友達から是非来いという葉書を 受け取ったのでわたくしは多少
の金を苦面して出かけることに したわたくしは金の苦面に二三
千を費やしたところがわたくし が鎌倉に着いて三日とたたない
うちにわたくしを呼び寄せた友達 は急に国もとから帰れという電報
を受け取った電報には母が病気 だからと断ってあったけれども
友達はそれを信じなかった友達 はかねてから国もとにいる親たち
に進まない結婚を強いられていた 彼は現代の習慣からいうと結婚
するには余り年が若すぎたそれに 肝心の当人が気にいらなかった
それで夏休みに当然帰るべきところ をわざと避けて東京の近くで遊ん
でいたのである彼は電報をわたくし に見せてどうしようと相談をした
わたくしにはどうしていいかわからなかった けれども実際彼の母が病気である
とすれば彼はもとより帰るべき はずであったそれで彼はとうとう
帰ることになったせっかく来た わたくしはひとり取り残された
学校の授業が始まるにはまだだい ぶ日数があるので鎌倉におって
もよし帰ってもよいという境遇 にいたわたくしは当分元の宿に
泊まる覚悟をした友達は中国の ある資産家の息子で金に不自由
のない男であったけれども学校 が学校なのと年が年なので生活
の程度はわたくしとそう変りもし なかったしたがってひとりぼっち
になったわたくしは別に格好な 宿をさがす面倒も持たなかった
のである宿は鎌倉でもへんぴな 方角にあった玉つきだのアイスクリーム
だのという灰殻のものには長い 縄手を一つこさなければ手が届
かなかった車で行っても二十銭 は取られたけれども個人の別荘
はそこここに幾つでも建てられて いたそれに海へはごく近いので
海水浴をやるには至極便利な地位 を占めていたわたくしは毎日海
へ入りに出かけた古いくすぶり 返ったわらぶきの間を通り抜けて
急い降りるとこの辺にこれほど の都会人種が住んでいるかと思う
ほど秘書に来た男や女で砂の上 が動いていたある時は海の中が
銭湯のように黒い頭でごちゃごちゃ していることもあったその中に
知った人を一人も持たないわたくし もこういう賑やかな景色の中に
包まれて砂の上に寝そべって見 たり膝頭ひざがしらを波に打た
してそこいらをはねまわるのは 愉快であったわたくしは実に先生
をこの雑踏の間に見つけ出した のであるその時海岸には掛邪矢
が二軒あったわたくしはふとした 弾みからその一軒のほうに生き
なれていた長谷辺に大きな別荘 を構えている人と違って明々に
専用の着替え場をこしらえていない ここいらの秘書客には是非とも
こうした共同着替所といったふう なものが必要なのであった彼ら
はここで茶を飲みここで休息する ほかにここで海水儀を洗濯させ
たりここで潮はゆい体を清めたり ここへ帽子や傘を預けたりする
のである海水儀を持たないわたくし にも持物を盗まれる恐れはあった
のでわたくしは海へ入る度にその 茶屋へ一切を脱ぎ捨てることに
していた二
わたくしがその掛茶屋で先生を 見た時は先生がちょうど着物を
脱いでこれから海へ入ろうとする ところであったわたくしはその
時反対に濡れた体を風に吹かして 水から上って来た二人の間には
眼を遮る幾多の黒い頭が動いて いた特別の事情のない限りわたくし
は遂に先生を見逃したかも知れ なかったそれほど浜辺が混雑し
それほどわたくしの頭が飽満であった にもかかわらずわたくしがすぐ
先生を見つけ出したのは先生が 一人の西洋人を連れていたから
であるその西洋人の優れて白い 皮膚の色が掛茶屋へ入るや否や
すぐわたくしの注意を引いた純 水の日本の浴衣を着ていた彼は
それを将棋の上にすぽりと放り 出したまま腕組をして海の方を
向いて立っていた彼は我々の履 く猿股ひとつの他何者も肌につ
けていなかったわたくしにはそれが 第一不思議だったわたくしはその
二日前に湯河浜まで行って砂の 上にしゃがみながら長い間西洋人
の海へ入る様子を眺めていたわたく しの尻をおろしたところは少し
小高い丘の上でそのすぐ脇がホテル の裏口になっていたのでわたくし
のじっとしている間にだいぶ多 くの男が潮を浴びに出て来たが
いずれも胴とうでと桃は出して いなかった女は事さら肉を隠し
がちであったたいていは頭にゴム 製の頭巾をかぶって海老茶やコン
や藍の色を波間に浮かしていた そういう有様を目撃したばかり
のわたくしの眼には猿股ひとつ ですましてみんなの前に立っている
この西洋人がいかにも珍しく見 えた
彼はやがて自分の脇をかえり見て そこにこごんでいる日本人に一言
二言何か云ったその日本人は砂 の上に落ちた手ぬぐいをひろい
上げているところであったがそれを 取り上げるや否やすぐ頭を包んで
海の方へ歩き出したその人がすなわち 先生であったわたくしは単に好奇心
のために並んで浜辺を降りて行く 二人の後姿を見守っていたすると
彼らはまっすぐに波の中に足を 踏み込んだそうして遠浅の磯ち
かくにわいわい騒いでいる他人 頭の間を通り抜けて比較的ひろ
びろしたところへ来ると二人とも 泳ぎ出した彼らの頭が小さく見える
まで沖の方へ向いて行ったそれから 引き返してまた一直線に浜辺まで
戻って来た掛邪屋へ帰ると井戸 の水も浴びずにすぐ体を拭いて
着物を着てさっさとどこかへ行って しまった彼らの出て行った後わたくし
はやはり元の将棋に腰をおろして 煙草を吹かしていたその時わたくし
はぽかんとしながら先生のことを 考えたどうもどこかで見たこと
のある顔のように思われてなら なかったしかしどうしてもいつ
どこで逢った人か思い出せずに しまったその時のわたくしはくった
くがないというよりむしろ無良 に苦しんでいたそれであくる日
もまた先生に逢った時刻を見計 らってわざわざ掛邪屋まで出かけて
見たすると西洋人は来ないで先生 ひとり麦わら帽をかぶってやって
来た先生は眼鏡をとって台の上に 置いてすぐ手ぬぐいで頭を包んで
すたすた浜を下りて行った先生 がきのうのように騒がしい浴格
の中を通り抜けてひとりで泳ぎ 出した時わたくしは急にその後
が追いかけたくなったわたくしは 浅い水を頭の上まではねかして
相当の深さの所まで来てそこから 先生を目印に抜き出を切ったする
と先生はきのうと違って一種の 弧線を描いて妙な方向から岸の
方へ帰り始めたそれでわたくしの 目的はついに達せられなかった
わたくしが丘へ上って雫の垂れる 手を振りながら掛邪屋に入ると
先生はもうちゃんと着物を着て 入れ違いに外へ出て行った

④まとめ

文字起こしの文章を原文と読み比べて自分の感想としてまとめました。
Size実行時間文字起こしの精度
tiny2分9秒読み方はあってるけどちょっと漢字の当て方が違ったり、そもそも認識が怪しかったりと違和感を感じる部分が多々あります。文章としてはいまいち。でも正直、音で聞いたらあまり違和感ないなーというレベルの誤差でした。
base2分38秒感じの変換が若干怪しいというレベルです。読みがなにすると殆ど間違っていないと感じます。実行時間も短いbaseモデルでここまで合うの?と思ってしまうレベルです。
small4分20秒baseモデルの時点で読み方的にはあってるということを感じていましたが、より難しい漢字への変換が試みられていると感じます。変換ミスは多いですが、パッと見た印象として違和感のない文章が描き起こされています。※よく見ると意味通じなかったりしますが、、、
medium7分18秒変換ミスが少しあるくらいで、大体読んだ通りになっています。違和感なし。
large11分41秒mediumよりも更に変換の精度が上がっています。ただ、実行時間を考えるとmediumの方が良いのかなと思ったりもします。。
smallやmediumでも十分実用レベルなんじゃないかと思います。
largeで実行するのがより確実ですが、音声ファイルそのものよりも少し長い時間がかかるため、実行時間との天秤でmediumを使っていくのも選択肢になると思います。
より高速化していくのであれば正確なlargeモデル一択なんですがね、、、

正直ここまで正確に文字起こしができるのであればこれで会議の文字起こしは十分にできます。ボイスレコーダーで録音して、1時間後にはそのまま出せるようなレベルかと思います。これが製品ではなくオープンソースで公開されていて、プログラマーでもない自分が使えてしまうというのが本当にAIすごい。
時代の変わり目が来てますね!
先ほどちらっと高速化に触れましたが、Whisperをより高速に動作させるツールも公開されています。また、Macで動くものも公開されていたりするため、次回以降はそちらを試していきたいと思います。

⑤おまけ

Whisperでテキスト化すると間に謎の空白を入れられてしまったり変なところで改行されてしまうため、ちょっと読みにくい文章になってしまいます。
そのため、今回はchatGPTを使って整形してみたいと思います。会社でGPT-4を使えるようにしてもらったので早く使いたかったのです。
プロンプトは以下です。largeモデルでの文字起こし結果を整形していきます。
以下の文章は、Whisperを使って朗読音声を文字起こししたものです。途中の不要な空白をなくし、改行の箇所を整形したり、句読点を付けて読みやすい文章にしてください。
整形の結果がこちらです。
chatGPTによる整形

以下のように整形しました。

『心』 夏目漱石

上 先生とわたくし

一 わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで、本名は打明けない。それは世間をはばかる遠慮というよりも、そのほうがわたくしにとって自然だからである。わたくしはその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ先生と言いたくなる。筆をとっても心持ちは同じことである。よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。

わたくしが先生と知り合いになったのは鎌倉である。その時わたくしはまだ若々しい書生であった。初中休暇を利用して海水浴に行った友達から是非来いという葉書を受け取ったので、わたくしは多少の金を苦面して出かけることにした。わたくしは金の苦面に二三千を費やした。ところがわたくしが鎌倉に着いて三日とたたないうちに、わたくしを呼び寄せた友達は急に国もとから帰れという電報を受け取った。電報には母が病気だからと断ってあったけれども、友達はそれを信じなかった。友達はかねてから国もとにいる親たちに進まない結婚を強いられていた。彼は現代の習慣からいうと結婚するには余り年が若すぎた。それに肝心の当人が気にいらなかった。それで夏休みに当然帰るべきところをわざと避けて東京の近くで遊んでいたのである。彼は電報をわたくしに見せてどうしようと相談をした。わたくしにはどうしていいかわからなかったけれども、実際彼の母が病気であるとすれば彼はもとより帰るべきはずであった。それで彼はとうとう帰ることになった。せっかく来たわたくしはひとり取り残された。学校の授業が始まるにはまだだいぶ日数があるので、鎌倉におってもよし、帰ってもよいという境遇にいた。わたくしは当分元の宿に泊まる覚悟をした。友達は中国のある資産家の息子で金に不自由のない男であったけれども、学校が学校なのと年が年なので、生活の程度はわたくしとそう変りもしなかった。したがってひとりぼっちになったわたくしは、別に格好な宿をさがす面倒も持たなかったのである。宿は鎌倉でもへんぴな方角にあった。玉つきだのアイスクリームだのという灰殻のものには、長い縄手を一つこさなければ手が届かなかった。車で行っても二十銭は取られたけれども、個人の別荘はそこここに幾つでも建てられていた。それに海へはごく近いので、海水浴をやるには至極便利な地位を占めていた。わたくしは毎日海へ入りに出かけた。古いくすぶり返ったわらぶきの間を通り抜けて急い降りると、この辺にこれほどの都会人種が住んでいるかと思うほど、秘書に来た男や女で砂の上が動いていた。ある時は海の中が銭湯のように黒い頭でごちゃごちゃしていることもあった。その中に知った人を一人も持たないわたくしも、こういう賑やかな景色の中に包まれて砂の上に寝そべって見たり、膝頭を波に打たしてそこいらをはねまわるのは愉快であった。わたくしは実に先生をこの雑踏の間に見つけ出したのである。その時海岸には掛邪矢が二軒あった。わたくしはふとした弾みからその一軒のほうに生きなれていた。長谷辺に大きな別荘を構えている人と違って、明々に専用の着替え場をこしらえていないここいらの秘書客には、是非ともこうした共同着替所といったふうなものが必要なのであった。彼らはここで茶を飲み、ここで休息するほかに、ここで海水儀を洗濯させたり、ここで潮はゆい体を清めたり、ここへ帽子や傘を預けたりするのである。海水儀を持たないわたくしにも、持物を盗まれる恐れはあったので、わたくしは海へ入る度にその茶屋へ一切を脱ぎ捨てることにしていた。

二 わたくしがその掛茶屋で先生を見た時は、先生がちょうど着物を脱いで、これから海へ入ろうとするところであった。わたくしはその時反対に濡れた体を風に吹かして水から上って来た。二人の間には眼を遮る幾多の黒い頭が動いていた。特別の事情のない限り、わたくしは遂に先生を見逃したかも知れなかった。それほど浜辺が混雑し、それほどわたくしの頭が飽満であったにもかかわらず、わたくしがすぐ先生を見つけ出したのは、先生が一人の西洋人を連れていたからである。その西洋人の優れて白い皮膚の色が掛茶屋へ入るや否や、すぐわたくしの注意を引いた。純水の日本の浴衣を着ていた彼は、それを将棋の上にすぽりと放り出したまま、腕組をして海の方を向いて立っていた。彼は我々の履く猿股ひとつの他、何者も肌につけていなかった。わたくしにはそれが第一不思議だった。わたくしはその二日前に湯河浜まで行って、砂の上にしゃがみながら長い間西洋人の海へ入る様子を眺めていた。わたくしの尻をおろしたところは少し小高い丘の上で、そのすぐ脇がホテルの裏口になっていたので、わたくしのじっとしている間にだいぶ多くの男が潮を浴びに出て来たが、いずれも胴とうでと桃は出していなかった。女は事さら肉を隠しがちであった。たいていは頭にゴム製の頭巾をかぶって、海老茶やコンや藍の色を波間に浮かしていた。そういう有様を目撃したばかりのわたくしの眼には、猿股ひとつですましてみんなの前に立っているこの西洋人が、いかにも珍しく見えた。彼はやがて自分の脇をかえり見て、そこにこごんでいる日本人に一言二言何か云った。その日本人は砂の上に落ちた手ぬぐいをひろい上げているところであったが、それを取り上げるや否やすぐ頭を包んで海の方へ歩き出した。その人がすなわち先生であった。わたくしは単に好奇心のために、並んで浜辺を降りて行く二人の後姿を見守っていた。すると彼らはまっすぐに波の中に足を踏み込んだ。そうして遠浅の磯ちかくにわいわい騒いでいる他人頭の間を通り抜けて、比較的ひろびろしたところへ来ると、二人とも泳ぎ出した。彼らの頭が小さく見えるまで沖の方へ向いて行った。それから引き返して、また一直線に浜辺まで戻って来た。掛邪屋へ帰ると、井戸の水も浴びずにすぐ体を拭いて着物を着て、さっさとどこかへ行ってしまった。彼らの出て行った後、わたくしはやはり元の将棋に腰をおろして煙草を吹かしていた。その時わたくしはぽかんとしながら先生のことを考えた。どうもどこかで見たことのある顔のように思われてならなかった。しかしどうしてもいつどこで逢った人か思い出せずにしまった。その時のわたくしはくったくがないというよりむしろ無良に苦しんでいた。それであくる日もまた先生に逢った。時刻を見計らってわざわざ掛邪屋まで出かけて見た。すると西洋人は来ないで、先生ひとり麦わら帽をかぶってやって来た。先生は眼鏡をとって台の上に置いて、すぐ手ぬぐいで頭を包んで、すたすた浜を下りて行った。先生がきのうのように騒がしい浴格の中を通り抜けてひとりで泳ぎ出した時、わたくしは急にその後が追いかけたくなった。わたくしは浅い水を頭の上まではねかして、相当の深さの所まで来て、そこから先生を目印に抜き出を切った。すると先生はきのうと違って、一種の弧線を描いて妙な方向から岸の方へ帰り始めた。それでわたくしの目的はついに達せられなかった。わたくしが丘へ上って、雫の垂れる手を振りながら掛邪屋に入ると、先生はもうちゃんと着物を着て、入れ違いに外へ出て行った。

もう少し改行があってもいいかなとは思いますが、句読点の入る場所やタイトル・作者名をちゃんと見出しのような形で見やすくしてくれており、本当に人間がやったみたいです。
また、流石に夏目漱石のこころはすでに学習してしまっててこっそり直されちゃったりしているのかな?とも思ったのですが、以下の誤変換は整形後の文章にも残っていました。ちゃんとプロンプトをもとに実行してくれているようです。
  • 初中 休暇
    →暑中休暇
  • 苦面
    →工面
  • 灰殻
    →ハイカラ
  • 湯河浜
    由井

AIツールを使って一人で2人分働けるようになる時代の風を感じます。。

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この記事を書いた人

AIにボクの分も働いてもらいたい

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